アンサンブル_ツクバ コンサート#3に寄せて

《アンサンブル_ツクバ コンサート#3》にご来場いただき、誠にありがとうございます。

私どもアンサンブル_ツクバは、遡ること2001年にここつくばの地で結成、2度コンサートを開催しました。2016年に活動を再開し前回から14年振りとなる今回のコンサートは、結成当初からの夢であり、願いであった新作の委嘱を行うこととなりました。

当時漠然と「30名前後の中編成の〈吹奏楽〉を、〈ウインドアンサンブル〉として再定義しうるレパートリーを作りたい」と考えていました。集合体としての〈吹奏楽〉ではなく、自発的に音楽を奏でる〈個〉の調和としての〈ウインドアンサンブル〉を、優れた作品を作り出すことで内側から刷新すること。アマチュアの私たちには大き過ぎる目標ですが、アマチュアだからこそ出来る音楽との関わり方、そしてそれがなにより自分たちの求める音楽との関わり方でもありました。

時が経ち現在、教育に携わる友人たちから、少子化の影響で部活動を維持することが難しくなっている、特に吹奏楽部は以前のような50人規模(一般に吹奏楽コンクールでは「Aクラス」と言われます)の編成を取ることができず、かといって30人規模の編成の作品は探すのが難しい(量・質ともに十分ではない)という話を聞くようになりました。私たちの委嘱新作の夢は、あくまでも個人の趣味嗜好を越え、時代の要請でもあると感じています。

 

今回は、シリアス・コンテンポラリー気鋭の作曲家、木下正道氏に依頼し、快諾をいただきました。木下氏の紹介はプロフィールに譲りますが、実は私は、歴史ある「武満徹作曲賞」で1度だけの「選外佳作」に氏が選出された、2001年度の東京オペラシティ・コンポージアムの聴衆の一人でした。尋常ではない木下作品の熱量は、他の本受賞作品を全く記憶できないほどのインパクトがありました。氏の音楽に向かう峻厳かつ純粋な眼差しは、そのまま作品にも顕れています(演奏も限界を越える難しさですが、非常に音楽的であり、それがいわゆる「ゲンダイオンガク」とは一線を画す存在であると感じます)。本日演奏する2作品は、氏による初のウインドアンサンブル作品となります。

作品制作にあたり私たちは、「時代とともに求められる音楽の形質」があり、「時代を超えてなお輝きを放つ音楽の本質」があると考えました。故に今回は、「バッハとシューマンの古典的傑作をウインドアンサンブルのフォーマットで再創造する」という、作曲家にとって非常にハードルの高い内容にて委嘱。木下氏には、古典の大作曲家の作品の内側に入り込みその世界を「生き直す」ことで、音楽そのものを21世紀の息吹とともに再作曲する試みを見事な形でご提示いただきました。『古典と現代の作曲家、聴き手と奏者をつなぐ』というコンセプトを氏と相談してから15ヶ月、本日はアンサンブル_ツクバの再出発とともにその産声(むしろ咆哮に近い)を上げられることを心より嬉しく思っております。

なお、このような取り組みには批判もつきものではあります。木下氏にはそのことも諒解の上でお引き受けいただき、かつ批判の荒波を乗り越える強靭かつ繊細な作品をご提供いただいたことを、この場を借りて改めて感謝申し上げます。

昨今初演のみで忘れられてしまう作品(と委嘱)も多くありますが、私たちは今回の委嘱2作品を、これからも再演を重ね、その中で磨き、自分たちの中に落とし込んでいきます。その過程も含めて旅の始まりとしての本日を、拙い演奏ではありますが是非お付き合いいただければ幸いです。

 

さて、ここまで挨拶文をしたためるにあたり、私たちのテーマである〈ウインドアンサンブルのレパートリーの創造〉〈委嘱新作初演〉〈古典作品を生き直す試み〉をご紹介させていただきました。けれども、私たちアマチュアの演奏者が「どうして音楽をしたいのか」という問いかけには、そういったステートメントだけでは十分ではありません。

結局のところ音楽には、私たちがどんなに困難があるとわかっていても抗えない魔力、希求せざるを得ない魅力があるのでしょう。少なくとも私たちアンサンブル_ツクバはそうです。そして何よりも「音楽は一人ではできない」ということ。管楽器奏者にとって、和音はひとりでは決して奏でられません。『アインシュテュルツェンデ・ゴルトベルク』で随所に挿し込まれる5度、3度といった非常にシンプルな和音の響きに、私たちは仲間とともに、音楽の歓びと生への全肯定を感じるのです。

今回のプロジェクトで、長年の仲間との再会や新しい仲間との出会いがありました。 願わくば本日ご来場いただいた皆様にも、この時間を共有する仲間であっていただけますことを。

アンサンブル_ツクバ 代表 細越一平

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