木下正道作曲『森の情景 三連画』

作曲家・木下正道氏によるプログラムノート

『森の情景 三連画』は、ロベルト・シューマンのピアノ作品『森の情景』を、ウインドアンサンブルのために構成し直したものです。この場合、編曲というよりむしろ「圧縮」であり、全部で9曲から成る『森の情景』を、半ば強引に3つにしてしまいました。少し前にピコ太郎の『PPAP』というのが流行りましたが、言葉と言葉を強引につなぎ合わせて違うリズムを持つ新しい言葉を作るように、音楽的に幾分スムーズには成らないような部分をあえて作って、ひっかかりのある表現を考えました。

そしてその圧縮の方法も、決して平均的ではなく、まず第1曲から第6曲までを、ぎゅっと、かなり強引に一つにまとめ(そのためほとんど原曲が認識出来ない曲もあります)第一楽章とし、第二楽章は、第7曲目の『予言の鳥』をほぼそのまま編曲し(約60年後の、シェーンベルクやウェーベルンの新ウィーン楽派をまさに「予言」するような響きの曲ですが)、第三楽章は、第8・9曲を纏めてあります。
私としては、ダイジェスト版を作るような気は毛頭なく、むしろ『森の情景』の世界を自分が旅をしたその印象を、ウインドアンサンブルの上に表現したつもりです。シューマン独特の、柔らかい音楽の質感をなるべく失わないように、かつ聴いていてどこか彷徨って迷ってしまうような部分も織り交ぜつつ、散策するように聴いていただけるよう心がけました。

木下正道作曲『アインシュテュルツェンデ・ゴルトベルク』

作曲家・木下正道氏によるプログラムノート

『アインシュテュルツェンデ・ゴルトベルク』(崩れ落ちるゴルトベルク、の意味。ドイツの老舗ノイズ/インダストリアルバンドの〈アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン〉から拝借)は、J.S.バッハの代表作中の代表作とも言える『アリアと30の変奏(通称ゴルトベルク変奏曲)』を、ウインドアンサンブルのために再作曲したものです。この場合の「再作曲」とは、原曲にほとんど忠実な「編曲」から、原型が分からないくらいまでいじり倒したようなものまでを含みます。

さて、『森の情景 三連画』もそうですが、このように既に古典として定着して、数多く演奏され、愛好者も多いこれらの曲に、あえて手を加えて再構成、再作曲する意義とは何でしょうか?

それは、ちょっと難しい言い方を敢えてするなら、現代の我々の「歴史認識、歴史に学ぶ事」の難しさゆえ、ということになるでしょうか。音楽は今や、ほとんどが「データ」として処理されています。CDやネット配信は勿論、演奏会においても「何々コンクールで一位だった人の演奏(作品)だ」とか「これこれのちょっと変わった趣向で演奏(曲)をやる」などなど、音楽そのものとはあまり関係のない情報、言説が多く流布する事で音楽「業界」は動いています。常にそれらが更新され、あまりの速い流れに溺れそうになっているとき、さてどのように「古典」に向かえば良いのでしょうか。勿論楽譜を見たり演奏を聴いたり、自分で弾いたりも出来るでしょうが、今生きている作曲家としては、それら古典の作品に対して、より深くに潜む当時の作曲家の意思を汲み取る為に、自分が現在出来るあらゆる技術を総動員して一旦それを分解、再構成する必要を、どうしても感じてしまうのです。このような試みをいぶかしく思われる方々も当然いると思いますが、我々としては前述の通り、歴史の流れを全身で、傷だらけになりながらより深く強く受け止めるための、不可欠な営みだと考えております。

『アインシュテュルツェンデ・ゴルトベルク』は3つの楽章から成ります。

第一楽章は、アリアと第1・2・3・5・7変奏で構成されます。この楽章は、原曲に比較的忠実な「編曲」に近いものです。しかし進むにつれて、異物的要素が次第に侵入していきます(バッハの作品中、同じト長調であるいくつかのものなど)。最後はタガが外れたように、不調和になってふっと終わります。

第二楽章はゆったりとした音楽です。第8・11・13変奏が使われます。この曲はちょっと聴いただけでは分からないくらいに原曲をデフォルメしています。基本的な主題は第8変奏からとっています。この下を、フィボナッチ数列を使ったリズムに置き換えられた主題が続いていきます。何度かフォルテで爆発して、音楽は静寂に戻ります。

第三楽章は(幾分ゆがんだ)踊りの音楽です。第17・23・29変奏を用いています。打楽器が活躍して生き生きとしたリズムの上に、ウインドアンサンブルが「変奏の変奏」とでも言うべきものを演奏していきます。思わず手拍子をしたくなる方もいらっしゃるかもしれませんが、実はこの曲はほとんど毎小節ごとに拍子がかわる、いわば「変拍子」の音楽です。ここでは刻々と、めくるめくように変わる音響の彩をお楽しみいただければと思います。そして原曲の第30変奏とアリアをほぼ改変せずに演奏して、静かに全曲は閉じられます。全曲で30分を要する大曲ですが、お楽しみいただければ幸いです。

メンデルスゾーン『管楽のための序曲』

天才と称された音楽家は、無数に存在する。そのなかでも、フェリックス・メンデルスゾーンはたしかに天才だった。

『管楽のための序曲』は、1824年に、15歳だったメンデルスゾーンによって作曲された。その音楽性はすでに成熟しており、「神童」などという称号を持ちだす必要のない素晴らしいものである。管楽合奏という形態におけるアルファでありオメガ。おそらく、人類が「生身の音楽」を捨て去らない限り、永久に記憶され続ける楽曲だろう。

21世紀はもはや天才の時代ではない。私たちは、すべてが刹那的に消費されていく炎上の時代に生きている。こんな時代に、200年前の音楽を演奏することに意味があるのだろうか。そもそも、私たちの身体が生演奏を求めることに、なにか意味はあるのか。

その疑問にこそ意義がある。なぜやるのか? やりたいから。自分の身体を通して、音楽をしたい。それは自己満足かもしれない。しかし、アンサンブル_ツクバには「バトンをつなぐ」ことができる。

偶然、私たちは音楽と出会い、偶然、私たちは音楽を続けてきた。もし果たすべきことがあるとすれば、次の世代へ音楽を手渡しつづけることなのではないか。過去の巨人たちの遺産を守るために新しく演奏していくこと。次の偶然の子どもたちのために。来たるべき音楽のために。

アンサンブル_ツクバの第1回演奏会は、『管楽のための序曲』から始まった。次へと手渡しつづけること。手渡すべき価値のあるものを見出しつづけること。それが現代において生身の音楽に携わる私たちの使命なのだと思う。

藤井亮一(フルート)

木下正道氏(作曲家)プロフィール

1969年、福井県大野市生まれ。吹奏楽とハードロックの経験の後、東京学芸大学で音楽を学ぶ。大学入学後はフリージャズや集団即興、お笑いバンド活動なども行った。

2001年度武満徹作曲賞選外佳作(審査員=オリバー・ナッセン)、平成14年度文化庁舞台芸術創作奨励賞、2003年日本現代音楽協会新人賞、などに入選。

現在は、様々な団体や個人からの委嘱や共同企画による作曲、優れた演奏家の協力のもとでの先鋭的な演奏会の企画、通常とは異なる方法で使用する電気機器による即興演奏、の三つの柱で活動を展開する。

作曲においては、厳密に管理された時間構造の中で、圧迫されるような沈黙の中に奏者の微細な身体性が滲み出すような空間を作ることを目指す。演奏会企画においては、演奏家との周密な打ち合せのもと、先鋭かつ豊かな音楽の様相を感じ取れるような音楽会を開催する。また電気機器即興は、多井智紀や池田拓実と「電力音楽」を名乗り、その他様々な演者とも交流し、瞬間の音響の移ろいを聴き出すことに集中する。

2017年度は、バリトンとオーケストラのための作品、ウインドアンサンブルのための作品、また合唱曲の初演など、また武生国際音楽祭への参加、ピアノ演奏会の企画なども予定されている。

シェーンベルク『主題と変奏 作品43a』

1951年に没したアルノルト・シェーンベルクは、その少し前にこう語った。「あと50年もして、人々が私のことを何者かわかるといいが」と。

「20世紀の音楽に最も影響を与えた人物」、12音技法を伴って彼はそう呼ばれる。「今日、世間一般にはシェーンベルクは革新者、いやさらにはある体系の発明者として思われている」とアドルノは述べる。

では、シェーンベルクとは何者だったのだろう。シェーンベルク自身は、自らを作曲家、それも感動的な傑作を書いた作曲家であると思っていた。けれども彼の作品は常に喧騒と野次の中にあり、彼の考案した12音技法はセリーの技法へと発展し独り歩きしていくのに対し、彼の作風は常に様々な矛盾と対立し足止めを喰らい続けていた。死の11日前、ダルムシュタットで行われた『黄金の仔牛のまわりの舞踏音楽』の初演で初めて熱狂的な拍手を受けるまで、シェーンベルクはそういったものには無縁の作曲家であった。実際に、50年以上が過ぎた現在においても、シェーンベルクの作品に触れる機会は少ない。名こそ知れ、CDショップの彼のコーナーは閑散とし、演奏会で彼のプログラムを見ることも決して多くはない(思い立ってオール・シェーンベルク・プログラムなどを決行してしまうと、今度は客席が閑散とすることになる)。

しかし、そのような事実が、シェーンベルクの作曲家としての能力の欠如を示すものではない。アドルノは、シェーンベルクの作品を「最後まで作曲し尽くされ」ていると述べ、このように綴っている。

実際、シェーンベルクの音楽は、最初から能動的かつ集中的な共同遂行を要求する。すなわち、同時進行の多重性に対する最も鋭い注意、次に何が来るかいつも既にわかっている聴き方というありきたりの補助物の断念、一回的な、特殊なものを捉える張りつめた知覚、そしてしばしばごく僅かの間に入れ替わる様々な性格と二度と繰り返されないそれらの歴史を正確につかむ能力などを、それは要求する。(略)彼の音楽が聴き手に贈るものが多ければ多いほど、彼の音楽は同時にますます聴き手に受け入れられなくなる。

シェーンベルクは作曲家として聴き手に何も訴えかけないのではなく、あまりにも過剰に求め、与え過ぎるのであり、そのために遠ざかるというアドルノの言葉に意を得るところは多いだろう。我々受け手の側が受動的に接することでこそ、シェーンベルクの音楽は輝きを増すのである。

『主題と変奏』は、シェーンベルク唯一の管楽合奏のための音楽である。この作品には管弦楽版も存在する。1943年、アメリカのスクールバンドのレパートリーの拡張と、シェーンベルクの作品の普及という名目での出版社の要請に応える形で作曲されたこの作品は、その構造の複雑さから、アメリカの当時のアンサンブルの技術能力を超えるものであったため、演奏されることが困難であった。作曲者自身によって発表された管弦楽版のほうが初演が早く、1944年にボストン交響楽団(クーセヴィツキの指揮)によって行われた。結局管楽合奏版はそれに遅れること2年の1946年に、ゴールドマン・バンドによって初演されることになる。

作品43『主題と変奏』についてシェーンベルクは、調性を用いて作曲していることから作品目録からは外すように指示したと言われるが、彼自身、名人芸を駆使したこの作品を楽しみながら作曲したと言う。作品は主題の後7つの変奏をはさみ、フィナーレに向かう。その間2度のフェルマータをはさむ以外は寸断なく音楽は進行していく。主題は細かなパーツに分けられ、それが12音技法的な変奏の仕方で顔を覗かせながら、常に音楽を生気づける。また、楽器の使用法でも音色旋律的要素をふんだんに織り込みながら、斬新な組み合わせを選択している。管弦楽版と比べても、平易になっていない分、シェーンベルクの飽くなき探求と意欲的な姿勢が管楽合奏版には表れている。作曲から60年が経過した現在においてもなお、他のいわゆる「吹奏楽」作品とは一線を画す傑作であると言えるだろう。

西暦2000年にシェーンベルクはどのように受け止められているかという興味深いラジオドキュメンタリーを制作したのは(1963年)、彼のピアノ作品を全曲録音したピアニスト、グレン・グールドである。グールドはシェーンベルクを、伝記的意味合いではなく音楽的意味合いから、「この世にあった最も偉大な作曲家のひとり」と評価している。

20世紀を良かれ悪かれ束縛したシェーンベルクの引力は、確かに薄れはじめている。しかし、だからこそ今、我々は純粋に彼の音楽を聴く耳を持てるのではないだろうか。この謎めいた作曲家の業績を受け止めたその彼方に、我々の「これから」の音楽のかたちを、見ることが出来るはずである。

 

細越一平(指揮)
2003年3月 ensemble_TSUKUBA CONCERT#2 プログラムノートより